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January 07, 2005

まこと○○さい

真琴○○才。

utd050106

一応、1月6日がオフィシャルな誕生日であるので。

実は昨年も下描きだけ描いて後になって日記で公開したりもしたのですが、その時のテキストがHDDの奥の方から出てきたので再びアップしてお茶を濁してみる。

(前略)………ゲームのキャラで表立って誕生日を祝うのは天野美汐だけに決めているからだったり、他の絵を描くのに忙しかったりと、諸般の事情もいろいろあるのだが最大の理由は、真琴が普通に人間として年を取っていくという光景が、正直なところ想像の範疇に無かったからではないかと思う。

真琴シナリオのエンディングとその後に関してはいまだに様々な解釈があってそれを題材に数々の素晴らしいSS等も書かれているが大きく分ければ、『真琴は還ってきた』場合と『真琴は還ってこなかった』場合と分けられるかと思う。

そして『真琴の誕生日を祝う』というシチュエーションは『還ってきた』場合に含まれるモノであり、還ってきた後に連綿と続くその後の生活の一場面という事になるのだが、如何せん『その後の生活』というモノや『真琴のその後』というモノ自体が私には想像しがたく感じて仕方ない。

『真琴は還ってきた』という解釈そのものに異論を挟むつもりはない。

数々のSSに描かれているような、祐一のもとに還ってきた真琴と彼女を取り巻く人々のドタバタだったりほのぼのだったりする日々を眺めるのは、一ファンとして例えようのない喜びだと思う。『春がきて、ずっと春だったらいいのに』という彼女自身のセリフを引き合いに出すまでもなく、そうした日々が続くのがファンとしての望みでもある。
しかしながら、誕生日というイベントに代表されるように、真琴が年を取って、女性として成長していく姿が、どうにも私には想像出来ないし、『ずっと春だったらいいのに』という願いにも『その後の成長』というモノは含まれていないように感じる。

あゆや名雪や栞が年を重ね成長していく姿は、まぁ、比較的想像しやすい。
秋子さんが28歳より年を取る姿も・・・生物学的にはあり得る事なので良しとする。
天野美汐が少女らしくないおばさんっぽさを残したまま、少女っぽいおばさんになっていく姿に至っては、容易にほいほいと矢継ぎ早に想像できる(出来てどうするという気もするが)

しかし、その生い立ちや人格(?)形成の経緯ゆえに、無垢なる者純粋なる者として捉えられている、小生意気でいたずら好きで素直じゃなくて不器用で我が儘で寂しがり屋で無邪気で健気な我らが愛すべきあうー少女が、一人の女性として年齢を重ね成長していく姿はどうにも想像しがたく、もしそうしていくのだとすればそれはすでに我々のよく知る少女とは違うモノに昇華した姿なのではないかと、真琴の誕生日に際して思ったりした事を遅ればせながらここに記しておく。

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